作品の刊行順とストーリーの時系列は異なっており、時系列で並べ替えると以下の順になる(回想シーンなどを除く)。なお括弧内は初出刊行年。
『東の海神 西の滄海』(1994年)…約500年前
『漂舶』…約400年前
『図南の翼』(1996年)…約90年前
『華胥』‐理想を追いすぎた前采王の失道と禅譲。
『風の海 迷宮の岸』(1993年)…約5年前
『冬栄』‐泰麒が漣国を訪問する。廉麟とは誼があった。
『月の影 影の海』(1992年)…基準年
『丕緒の鳥』(2008年)…陽子即位年
『書簡』‐陽子と楽俊が、互いに背伸びした姿を伝え合う。
『風の万里 黎明の空』(1994年)…約1年後
『乗月』‐芳で仮王として立つことを決意した月渓と、自身の罪を悔いる祥瓊。
『帰山』‐諸国を旅している途中の尚隆と利広が倒れかけた柳で出会う。
『黄昏の岸 曉の天』(2001年)および『魔性の子』(1991年)…約2年後
シリーズ展開の特徴
本シリーズの展開経過は次のような特徴を持っている。
最初に外伝が(それも異なる出版社から)刊行されたこと。
ライトノベルで始まった人気シリーズの場合、最初に本編が刊行され、本編の刊行が進み人気が出てくるとともに外伝などが出されるようになるのが一般的であるが、本シリーズの場合は外伝が先に新潮社という別の出版社の一般向けレーベルの文庫で1冊だけ刊行され、その後本編が講談社のライトノベル文庫で刊行されるという特異な経過をたどってシリーズ展開された。また、6年半ぶりの新作となった『丕緒の鳥』は再び新潮社での発表となった。
最初はシリーズであることが明らかにされなかったこと
シリーズものとして展開される作品の場合、通常は第1作からシリーズものであることもシリーズ名も明記して刊行されるが、本シリーズの場合、ホワイトハートで刊行された最初の数冊はシリーズものであることすら明記せずに刊行されており、後述のとおりシリーズ名がついたのもずっと後になってからである。
恋人の色 ビーチ オーデコ ダチョウ 夢の恋路 ドゥーム プライマー ばんどう エブロ 黄昏ワル てっぷ フォロ フィラ チジン やはぎ ファイ ルソー フレンド アンラ イーシ フォークタ すずりいし らいち 夢待人 四季彩 日本の島々 真珠 デレヨイ ツーリスト オブソリ トーキ きがん サガ スクアレ スイムタル オーバル タージ ヒュッテ ミニホ ラーキー オービス スカフェ タイム イメージ ロボール 愛の ロンドン スターム ライブラリー マゼラ
ジュニア向けレーベルの文庫から一般向けレーベルの文庫へと展開されたこと
本編が数作刊行され、ホワイトハートでの人気シリーズとなってから様々な形で書評に取り上げられたが、その中に、「本シリーズは一般の成人が読むのに十分ふさわしい内容を持っているが、それがライトノベルの文庫から出されていることだけを理由として読まずに避けられているとしたらもったいない。」といった趣旨のものがあり、当時多くの作家・評論家らによって同趣旨の書評が書かれたことから、同じ出版社の一般向けレーベルの文庫から刊行されることになり、これによって一般向けの知名度が大きく上昇することになった。[1]
ジュニア向けレーベルの作品の一般文庫への展開は現在米澤穂信や桜庭一樹など盛んに行われているが、当時は低年齢向けと高年齢向けの二つの文庫をまたぐことが極めて稀だった。
同人活動とかかわって展開されてきたこと
著者自らが本シリーズの外伝や番外編にあたる作品を入れた同人誌を発行するという同人活動を行っていた。それらの作品の一部は後に文庫に収録されている。
シリーズ化とその名称
現在、このシリーズは公式に「十二国記」と呼ばれており、そのことは表紙・カバーなどにも明記されているが、当初このような表記はされておらず、1991年9月に出版された『魔性の子』は出版社が異なることもあってか、シリーズものであること自体明らかにはされなかった。
「十二国記」という呼び方の元である「作品世界に12の国が存在する」という事実は、1992年に出版された『月の影 影の海』において初めて明らかになった。しかし、『魔性の子』の続編であり、本編であるという位置づけはされていたものの、今後も続くシリーズ作品であることは明らかにされなかった。シリーズ作品であることが明らかになったのは、1993年に出版された『風の海 迷宮の岸』の後書きにおいてであるが、シリーズとしての名称は特に明らかにされてはいなかった。
正式な名称は無かったが、早期の作品から読者は「十二国」または「十二国記」と呼んでいた。このことは著者自身も知るところであり、著者自身が編集者との打ち合わせなどでもこのシリーズのことを「十二国」と呼んでいることを語っている。しかし、作者自身はこの呼び名を「あくまで便宜上のもの」であるとし、シリーズには名前がないことを明言している。その理由は著者により「この作品ではこの世界の十二の国全部が描かれているわけではないし、今後も十二国全てを描く予定は無いので十二国記と呼ぶのはある意味嘘になるから。」であると説明されていた[2]。また、正式に「十二国記」と呼ばれる以前は、「12の国の物語」と記載されることもあった。
「十二国記」という名称が初めて正式に用いられたのは、1994年9月に出版された『風の万里 黎明の空(下)』の後書きにおいてである。著者は一貫して「名称はない」としていたものの、方針が変更された理由は編集部から要望があったためとのことであると明かしている[3]。以降は重版されたものも含めて表紙や帯などに「十二国記」と表記されるようになったが、ホワイトハート版では上記の通り当初はシリーズ名の表記は記されていない。
また、1997年6月17日にCDブック『東の海神 西の滄海』がリリースされたときには付属のブックレットに収録された書下し小説『漂舶』に「十二国記外伝」と明記された。
今後の執筆予定
「月刊ぱふ別冊 活字倶楽部Special 5」(1997年、雑草社)
著者がインタビューにおいて「十二国記の本編はあと二か三作くらい。外伝は希望があれば書きます」と発言。
「ダ・ヴィンチ」(2003年7月号、メディアファクトリー)
著者がインタビューにおいて「一連の事件についてはあと一作書けば決着する。」と発言。
TOKYOPOPから英語版が発売された際のインタビュー記事(2007年3月)
今後も十二国記を書き続ける意思のあることを表明している。
アニメ